アニメの前は

今、人気の低迷が囁かれる大相撲、昭和の時代は大相撲が大人気だった。
子供たちにウルトラマンや仮面ライダーと言った、変身するヒーローが現れる前、大きな体でぶつかり合う力士は、生身のヒーローだった。
昭和30年代から40年代、まだ町のそこここにあった空き地で、子供たちは土俵を書き、相撲を取っていた。
男の子は相撲をとり、女の子は、その周りで応援したりしていた。
その内、体の空いた大人も混じり、結構白熱した取り組みになったものだ。
呼び出しや、行司の真似、人気力士の真似も、テレビが普及してから子供たちの間に広まっていった。
その頃の力士は、取り組み後のインタビューにも、荒い息で言葉少なに答えるばかりだった。
現代の力士のように、自分の取り組みを理路整然と語る、なんて考えられなかった。
ただ力の限りに戦う、そこに作戦も戦術もなかったようだった。
もともと神事として行われてきた相撲だから、すべての所作に決まりごとがあり、それは無言で行われるべきものだったのだ。
男は無駄な事をしゃべるものじゃない、男のおしゃべりは女々しい、今ならセクハラ発言とも取られる事が、幼児にも日常的に言われていたものだった。

大相撲ブーム

昭和30年代後半、大相撲に「柏鵬時代」がやってきた。
色白で端正な顔立ちの大鵬、ほほの黒子と憂いのある表情の柏戸、テレビが普及していくにつれ、力士も外見で人気を得るようになった。
それ以上に、迫力ある取り組みが夕方のお茶の間に興奮を呼んだ。
各家庭にテレビを筆頭に、冷蔵庫、洗濯機、掃除機といった、家電製品が揃えられ、マイカー時代もやって来る、なんだか日本中が元気で、明るかった時代だった。
怪我の多かった柏戸に比べ、大鵬は恵まれた体躯をいかし、また人一倍乃努力で常勝していった。
実際、大鵬の取り組みが始まる前に、客は帰り支度をしていた。
勝つのが当たり前だったし、勝っていたからだ。
相撲というスポーツは、一人が強くても面白くない。
好敵手がいてこそ、手に汗にぎる取り組みもあり、番狂わせもあり、ハラハラドキドキするから、見るのだ。
大鵬の常勝が続き、相撲そのものの人気がマンネリ化してきた頃、昭和40年代前半には怪獣・変身ブームが出現し、子供たちのヒーローは、力士ではなくなった。

プロレスブーム

昭和28年に、テレビの本放送が始まり、同時に街頭テレビが登場した。
テレビの受像機は、まだまだ高く、とても一般家庭で買えるものではなかったし、テレビ番組自体も少なかった。
街頭テレビは、日本テレビの正力松太郎社長が提案し、設置していった。
当初は、プロ野球やプロボクシングで人気だったが、昭和29年からのプロレス放送で街頭テレビ前に人々が群がるようになった。
町内の新しいもの好きの家や、電気屋の店頭にも、人々は集まった。
小さな画面のテレビを取り囲み、スイッチを入れてから「真空管が暖まるまで」なかなか映像が現れなかったりした。
スイッチを入れ、ぼんやりと画像が現れ、その内ハッキリしだす、それは白黒の画像だった。
アンテナはテレビの上に乗せ、羽を広げる、室内アンテナが主で、画面がチラつくたびに、羽を閉じたり、広げたり、あちこち動かしたりして調節をした。
このようなテレビの普及に助けられたせいもあり、プロレスは力道山を中心にして急速にブーム展開していった。
本家アメリカでもプロレスはテレビの普及とともに人気になり、ショー的な要素があるためラジオでは中継が不可能であったアメリカのプロレスは1940年代には低迷していたが、テレビの登場とともに人気を得ていったのだ。

西部劇ブーム

西部劇、という言葉は、今も通用するのだろうか。
昭和30年代前半、テレビ番組に「ララミー牧場」という番組があった。
ワイオミング州ララミー郊外のシャーマン牧場を舞台に、流れ者のジェスと、牧場主のスリムが、悪党をやっつけていく、また保安官という日本で言う「おまわりさん」も悪者を銃でやっつけていた。
信じられないほど広大な牧場を、砂埃を立てて牛や馬が駆け回り、カウボーイ達はカウボーイハットをかぶり、腰にガンベルト、ワークシャツに革のベスト、拍車のついたブーツを履いていた。
夜になると、焚き火で肉を焼き、その肉をナイフでそいでは、直接口に運ぶ。
何もかもが、それまでまったく知らない世界、テレビ西部劇に釘付けになった人も多かっただろう。
おもちゃ屋の店頭にも、拳銃が並び、ビニール製のガンベルトを腰につけた男の子は、「バン!
バン!
」と口で言っては拳銃を撃つ真似をして、撃った後、銃口を「フッ」と吹いて、銃をクルクルと回してベルトにしまった。
この一連の動作は、女の子でも出来る人は多いだろうと思う。
西部劇に女性はあまり登場しなかったが、たまに登場すると、大抵長い金髪を後ろで束ね、ワンピースを着ていた。
靴は・・・記憶に無い・・・たぶん、ブーツだったんじゃないだろうか。
そんな女性の作る料理は、豆料理が多かった気がする。
「アメリカ人も豆、食べるんだ」なんて、思ったりした。

忍者ブーム

忍者ブームというのが、あった。
マンガの世界で「サスケ」「伊賀の影丸」「ワタリ」「忍者武芸帳」、なかでも「カムイ伝」なんかは、大学生や大人に非常に人気があった。
ベタが多く、黒っぽい絵で、女性にはあまり人気がなかったと思うが、テレビの中の忍者ブームでは、「風のフジ丸」や実写版の「忍者ハットリくん」なんかは、女性にも受けてたと思う。
後にも、「忍者ハットリくん」はアニメで登場したが、当初は実写版だった。
ハットリくんは、あのキャラの被り物に、体は人間、木の上なんかにも上っていた。
ライバルのケムマキケムゾウを、若き日の杉良太郎が演じていたのは、有名だ。
細かなストーリーなどは覚えていないけれど、「~~でござる」とか「○○殿」なんて言葉使いは、結構流行っていた。
「少年忍者部隊月光」というのがあった。
揃いの革ジャンに月のマークのついたヘルメット、刀を背中に斜めがけに背負っていた。
足元は編み上げブーツだった。
隊員の中に三日月というコードネームの女性隊員がいて、結構綺麗な人だったのを覚えている。
隊長の合図で、無言で隊列を組んだり、散開して行くのが、カッコ良いなぁと思ってた。
あの頃のヒーロー達、いったい誰と戦っていたのか。